旅立ちに向けて

 熱帯魚に夢中だった20代の頃、商業ルートでは輸入されないマニアックなナマズを採集するために南米に何度も遠征した。現地で友人をつくり、漁師のボートでアマゾン川の本流や支流をいくつも転戦して魚を採集し、ジャングル開拓の最前線の集落に行ったこともあった。南米での採集旅行は、俺にとってアドレナリン出まくりのアドベンチャー。何でも揃って便利だけど、刺激の足りない日本の日常生活では決して得ることができない興奮と充実感があった。目的を達成できなかったこともあったし、トラブルやアクシデントに見舞われたこともあるが、それらも含めて全て楽しかった想い出である。

 その延長で多肉植物を始めた頃から、南米はもう十分楽しんだから、好きなユーフォルビアがたくさん分布しているアフリカにいつか行きたいと漠然と考えていた。また、ユーフォルビアの収集を始めて2年半ほどで、力を入れているタコ物の収集に限界を感じた。アフリカ、特に南アフリカ共和国といえば世界で最も治安が悪いという悪評で有名だが、インターネットで調べてみると、それはヨハネスブルグを筆頭とする大都市のことで、地方はそれほど悪くないということがわかった。それなら南米と同じだ。それじゃあ行ってみようと、2012年8月にアフリカ遠征を決意した。


 行くと決まれば、まずは「いつ行くのか」を決めなければならない。行くなら最低でも2週間は欲しいところだが、俺も30代半ばの勤め人なので仕事のことも考えなければならない。そこでインターネットで2012年から2014年の暦をチェックし、休日と祝日の並びが良い奇数月で、かつ業務的にも最も影響が少ないという全ての条件を満たす2013年9月のシルバーウィークに狙いを定めた。期間中の平日は全て夏季休暇と有給休暇で埋めるつもりだ。時間的にも1年間あるので準備もしっかりとできる。



 幸いにも給料はたいしてもらえないけど、有給休暇を取得しやすい職場なので、この点は他の人より恵まれた環境だといえる。しかも2011年3月末の人事異動で、業務量が多いセクションから少ないセクションに異動になったことも幸いだった。これはまさに・・・

「大事な、大事な、アタックチャ〜ンス!!!」

 こんなチャンスを逃したら、次の機会はいつ巡ってくるかわからない。体力も気力も充実しているうちに行きたいし、あと30年弱も待てないから定年退職後まで機会を待つなどという考えは微塵もない。だが、いくら有給休暇を取得しやすい職場とはいえ、2週間以上の連休はそれなりの理由がないと言い出しづらい。理由が単なる趣味となるとなおさらだ。そこで熱意で有無を言わさず押し切る作戦を採用し、「鉄は熱いうちに打て」という諺に従って自分の気持ちが熱いうちに第一関門である係長に訴えた。



係長・・・!!

アフリカに行きたいです・・・・・

 ちょっとドキドキしながら言ってみたが、意外にあっさりと係長はOKの返事。それでも心配性の俺はその承諾を忘れさせないように、そして「やっぱりダメ」と言われないように、係長に時々アフリカ行きの話をして休暇取得の地固めをした。係長のOKさえもらっちまえばこっちのもんだ。まさに官軍の錦の御旗。2013年4月の人事異動で新しくやってきた何もわからない課長から着任2日目の昼休みにアフリカ行きの承諾を得て、4月2日に航空券の予約を確定して支払いを済ませた。復路がシルバーウィークの最終日なので、確実に座席を確保するために5ヶ月も前に動き出す必要があったのだ。ナミビアに行くルートはいくつかあるが、俺が選んだのは香港とヨハネスブルグで乗り継ぐルート。そうすると、ナミビアからの旅行客はもちろん、それらの都市やそこからさらに他都市に乗り継いだ旅行客とも復路の座席の奪い合いになる。最も重要なのは飛行機に乗れるか乗れないかということであるが、同じエコノミー席でも値段がいくつかあって安い席から売れていくのだ。だから、こんなにも早く航空券を手配したのである。ちなみに俺が購入した香港から日本へのカテゴリーの残席はわずか4席だった。

 アフリカ遠征の計画を周囲の人に話すと、ほとんどの人がアフリカは危ないからやめておけと忠告してくれた。しかし、アフリカに一度も行ったことのない人の忠告などあまり参考にはならない。現地を知る人の忠告なら別だが。だから、俺はいつもこう答えた。



 それにしても俺の人事評価はきっと悪いに違いない。就職してから既に4回も長期休暇を取って南米に行ってるからなぁ〜。まあ、そもそも出世なんていう井の中の蛙の一番争い的なことには興味がないからどうでもいいんだけどw 出世すると長期で休むのが難しくなるし、他人のケツを拭くポジションなんてまっぴらごめん。普通に生活できる程度の給料は貰えるから、ぺーぺーの方が気楽でいい。出世なんてしたい奴がすればいいのだ。時間的にも精神的にも仕事に縛られた人生なんぞ俺が求める幸せの形ではない。人生は泣いても笑っても一度きり。だから、後悔しないようにやりたいことを全力でやる。金がないとか、時間がないとか、仕事が忙しいとか、なんだかんだと自分自身に対して理屈を並べて夢を諦めるような人間にはなりたくない。そして、年をとってからあれをやっておけば良かった、これをやっておけば良かったと後悔するような人生は送りたくない。そんなクソみたいな生き方したんじゃ産んでくれた両親にも申し訳ない。「我が生涯に一片の悔いなし」の名言を残したラオウのような生き様が理想だ。

 俺のモットーは・・・




 そんなこんなで1年前から旅の準備を始めた。主なターゲットはタコ物なので、転戦するのはナミビアと南アフリカ共和国。インターネットでどの種がどこに分布しているのかを調べ、フィールド調査の記録などを見て、ルート選定の参考にした。Google Mapで事前の航空偵察もバッチリである。できる限りの情報を集め、しっかりと準備をすれば、結果はきっとついてくる。ツアー会社に旅をコーディネートしてもらうなんて野暮なことはしない。現地のガイドや研究者に分布地にピンポイントで案内してもらうなんて無粋なこともしない。敷かれたレールの上を行く旅にアドベンチャーはないからだ。旅は出発前から始まっている。自分であれこれ調べて、いろいろ悩んで、そこからスケジュールやルートを決めていくのも楽しみのうち。現地でトラブルやアクシデントに遭遇するのも旅のうち。だからこそ、目的を達成できた時の喜びは格別なのだ。事前の準備をやるだけやったら、あとは出たとこ勝負。なんとかなるさ!なんとかするさ!

♪ またすぐ明日に変わる 忘れてしまっていないかい ♪

♪ 残された日々の短さ 過ぎ行く時の早さを ♪

♪ 一生なんて一瞬さ 命を燃やしてるかい ♪

♪ かけがえのない時間を胸に刻み込んだかい ♪

『オワリはじまり』   by かりゆし58



 というわけで、第39SS義勇擲弾兵師団ヤーパン プリオSS軍曹、アフリカに出撃!






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