オーナーの家の敷地に入ると、飼い犬にすごく吠えられた。さらに牧場のオーナーと思われる白人の太ったおっさんが、激怒しながら家の中から窓越しにさっさと出て行けというジェスチャーをしている。怒らせるようなことは何もしていないはずだが、牧場内では彼が王様なのだから従うしかない。諦めて戻ろうとすると、気が変わったのか家から出てきて話を聞いてくれた。タコ物の写真をいくつか見せると、Rietbron近郊で撮影されたE.sp.aff.crassipesの写真<キャプションは「E.decepta(緑鬼玉/大宝冠)」となっているが、サイズで考えればE.crassipes(倶梨伽羅玉)の方が適当だろう>を指差して裏庭にあると言うではないか。思わず「Really?(マジで?)」と口走ってしまったが、今までの人生の中で発したこのワンフレーズの中でも、最も声が大きく、かつ最も驚きを含んでいたに違いない。

 こっちだと言って案内してくれた裏庭。いや、建物の配置を考えると「横庭」といった方が適切だ。まず指差して見せてくれたのがメセン。オーナーは「オスフォロス=ネライ」という学名だと教えてくれたが、帰国後に調べてみたら正しくはPleiospilos nelii(帝玉)だった。ここでは「クァッハ」と呼ばれている。彼によると、20年ほど前にもこのメセンを見に日本人がここを訪れたとのこと。ジャンルは違えど、同じ日本人として先輩趣味家もしくは研究者がここを訪れていたというのは嬉しかった。続いて見せてくれたのはガガイモ。まあ、これもどうだっていい。


帝玉


名無し8−3−1

 いよいよタコ物にご対面。大好きなタコ物を見て思わず喚声が出てしまった。ドキドキが止まらねぇ〜!!!もしスポーツ心臓だったらどこかの血管が破裂するんじゃないかっていうぐらい血圧が上がってくるのが自分でもわかる。子供のように無邪気に喜んで興奮している俺を見て、オーナーの顔も柔らかくなった。潅木の根本に2株、2mほど離れた別の潅木の根本にももう1株。これは倶梨伽羅玉だね。倶梨伽羅玉はバリエーション豊かで、緑鬼玉に似たものやE.fusca(蛮蛇頭/蛮竜角)に似たものなど幅が広いけど、これは比較的典型的なタイプと言っていいだろう。


倶梨伽羅玉1(以下6枚は全て翌日撮影)


左の画像の株を別角度で


倶梨伽羅玉2


左の画像の株を別角度で


倶梨伽羅玉3


倶梨伽羅玉1と2が生えている潅木の根元

 もしかしてと思ってオーナーに訊くと、思ったとおりオープンスペースではなく、潅木の根本にしかないとのこと。緑鬼玉と同じじゃねぇかよぉ〜。Euphorbia For YouのSeccion Medusaの現地写真が潅木の根本っぽい感じだったのははっきりと覚えていたが、Rietbron近郊で撮影された例の写真はオープンスペースだったから、そういう環境にあるものだとばかり思い込んでいた。なるほど、道路を低速で走りながら車からオープンスペースをチェックするだけじゃ見つからないわけだ。オーナーにそれを言うと、それじゃ見つからないよと言いたげに首を左右に振った。彼によるとこの牧場内でも「very few(とても少ない)」とのことだが、これら3株は移植したものではなく、自然のものだとのこと。俺みたいなタコ物キチガイにとっては、こんな素晴らしい裏庭は世界中探したって他にないんじゃないかなと思えてしまう。しかし、もう暗くて、写真を撮ろうにも暗くてピントがなかなか合わないし、画像も良くない。そこで家の前に車を停めて車中泊し、明日明るくなってからまた撮影させてもらってもいいかと訊くと、快くOKしてくれた。しかもオーナー自ら明日フィールドを案内してくれるとのこと。やったー!最初はにべもなかったけど、タコ物を見てはしゃぐ俺を見て、印象が変わったようだ。「人たらし」の本領発揮というところか。

 18時30分、20℃。車中泊の許可をくれたオーナーは家の中へ。俺は車に戻ったが、何もすることがないので、周囲のフィールドを見て回ることにした。日没間際で暗いので、何も持たないで気軽に使用人の家の西側150mほどのところを索敵する。家の周囲には外来種のサボテンがたくさん増えていたが、この辺りは群星冠がたくさん自生していた。ゆーふぉ好き、特に俺みたいに群星冠が好きな人にはたまらない光景が広がっている。もちろん灌木の根元に目を光らせる。すると、思いがけないゆーふぉが目に飛び込んできた。


E.clavarioides var. clavarioides(飛頭蕃/飛頭蛮)なのか?
(翌日撮影)

 この辺りは分布域ではないはずだが、暗い中でこの形状のタコ物を見るとそうとしか思えなかった。マジで!?こんな所にあるの?

『ラブ・ストーリーは突然に』ってこういうことですか?

 明日またこの株のところに戻って来るために、大きめの石と金属片で目印を作った。しばらくすると、黒人の使用人たちに呼ばれたので行ってみる。片言の英語を話せる婆さんが言うには、オーナーの土地だから勝手に入るなと言っているようだ。まあ、そのとおりなんだけど、もうオーナーから明日フィールドに入る許可をもらってる以上は問題ないでしょうに。でも、もうほぼ真っ暗だし、これ以上の索敵には懐中電灯が必要だから、索敵は打ち切ろうと考えていたので素直に言うことに従った。婆さんと一緒にいるおっさんたちは彼女の家族のようだ。彼らはわずかな英単語しか話せないのでコミュニケーションに苦労するが、仲良くなっておくにこしたことはない。タバコをあげると、急に親しげな態度に変わった。タバコは「百害あって一利なし」と言われるが、旅先ではタバコ1本で初対面の人間とも一気に心の距離を縮めることが可能だ。婆さんは俺を家に招き入れてくれた。電気がない室内は、明かりを蝋燭に頼っている。部屋の隅には囲炉裏があり、そこでコーヒーを沸かしたり、ブライー(バーベキュー)をするのだと教えてくれた。

 19時過ぎに車に戻って日誌を書く。今日はボウズかと思ったけど、ゆーふぉの女神が微笑んでくれたおかげで、日没サスペンデッド寸前で2種のタコ物の目前まで来ることができた。勝負は明日だ!

 19時15分。車内で晩メシ。昨日の昼にPrince Albertで買ったサラダは腐っていたので、既にここに来る途中で廃棄済み。非常食は全てLaingsburgの貧しい若者にあげてしまったので残っていない。ということで、Prince Albertで買ったトマトの1/3袋とニコルからもらった乾燥肉で簡単に済ませた。もちろん疲労回復のためのサプリメントも摂取する。

 20時15分。雨がポツポツと降り始めたが、しばらくして止んだ。空には雲が多く、星はほとんど見えない。風も強い。低気圧が来ているのだろうか。時折パラパラ雨が2〜3分間降っては止む。ザーザー降りにはなりそうもない。

 21時。やることもないので就寝。寝袋には入らず、厚着して寝た。



※Google マップの各機能が使えます

作戦終了地点  Prutkraal
本日の行軍距離  81km
総行軍距離  3335km





inserted by FC2 system